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 ■アルフォンス・ミュシャ/ALPHONSE MUCHA

  ベルエポックの魅力、女性の神秘を揺り起こすミュシャの世界。


  -----------------------------------アルフォンス・ミュシャ
 
    
  アルフォンス・ミュシャは、フランス・アール・ヌーヴォー美学の形成に決定的役割を
  演じた人物と評価され、自然界にあるものを巧みに抽象化・様式化して曲線と直線が織り成す
  装飾的フォルムを作り出した。
  エレガントで流麗なデザイン、洗練された細部の仕上がりと美しさの完璧なバランスは、
  一般大衆の心と想像力を捉えた。





1860年
 チェコスロバキアに生まれる。
1884年
 ミュンヘン美術アカデミーへ入学。芸術化協会の活動に参加し、スラヴ画家協会の議長となる。
1888年
 パリのアカデミー・ジュリアンに入学、のちにアカデミー・コラロッシに移る。
 雑誌やチラシのための挿絵を初めて制作する。
1892年
 ショルジュ・ロシェグリッセとセグノボが著した『ゲルマンの歴史の重要場面 と挿話』の挿絵を描く。
1894年
 女優サラ・ベルナール最初のポスター『ジスモンダ』をデザインする。その後6年間に渡り契約を結ぶ。
1900年
 パリ万博のボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の飾りつけが銀賞受賞。
 宝石商フーケの入口やインテリアを引き受け、アール・ヌーヴォーの最高傑作の一つといわれる。
1910年
 祖国に戻り、1913年まで定期的にパリを訪れ、連作<スラヴ叙事詩>を制作し、
 さらにプラハ市民会館の市長サロンの装飾デザインをする。
 <スラヴ叙事詩>は、のちにシカゴとニューヨークで展示され大成功を収める。
1931年
 プラハ聖ヴィト大聖堂に新設された大司教礼拝堂のステンドグラスのデザインをする。
 また、チェコの紙幣のデザインを担当する。
1936年
 回想録『人生と創作についての三つの発言』を出版。
1939年
 プラハにて肺炎のために死去。<スラヴ民族統一の誓い>が絶筆となった。

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