1948年、大阪生まれ。16歳の時「ピアノの肖像」で第1回講談社新人漫画賞を受賞しデビュー。その後「あした輝く」「アリエスの乙女たち」「海のオーロラ」等、数々のヒット作を生み出す。歴史を扱った作品も多く、持統天皇を主人公にした「天上の虹」は20年にわたり執筆し続けている(「天上の虹」は毎年1月10日に発売予定)。1、2月は「アリエスの乙女たち」(再版)のコミック発売に続き、今年の後半から隔月 (予定)で、オペラ(「椿姫」など有名な物語)を題材にした描き下ろしマンガもスタート。
最近は中国でサイン会や展示会を行なう等、作家活動の他にTV番組のコメンテーターや講演、マンガジャパン事務局長、(社)日本漫画家協会常務理事等、各方面にて活躍中。
 
 
先輩達(マンガ家)のお仕事はそれぞれに色んな思いがあったでしょうけど、子供の頃って心が狭くて、好きじゃないマンガ家さんをすごく否定する事があるんです。でも100%面白くないわけじゃなくて、何処かしら必ずその人の表現があって、私達子供にひとつ世界を増やしてくださったんですよね。そういう意味では全ての先輩に感謝していますし、色んな形で影響を受けていると思います。
当時のマンガ家の自画像って継ぎはぎの服を着ていたり、リンゴ箱の上で原稿を描いていたりと本当に貧しそうで「連載を何本も持っていてもこんなに貧しいんだ」って、子供だからそれを信じてましたね。
自分で読んで物語の中の他者に感情移入して疑似体験するのは、活字(児童書等)でもマンガでも同じだと思うんです。でも大人からは「マンガは文字が少なくて分かりやす過ぎる」「想像力が育まれない」「子供の教育に悪い」と、色々酷い事をいわれ迫害され、しかも貧しい。マンガ家のそういう所を清く正しく貧しく感じ、またこんなに感動できて大切な事を教えてくれる、こういう人達の後輩になれたらどんなに嬉しいかと思っていました。
 
私は鉄腕アトムが大好きで、色んな事を教わりましたね。殆どの少年マンガや映画等、娯楽といわれるものは正義の味方が悪に勝って一件落着というのが多かったんですが、アトムは少しちがっていました。ちょっと考えの狭い博士が世間を見返すために新型ロボットを開発し、「私に代わって世の中をやっつけてくれ」と教育すると、ロボットは親孝行だと思って博士の私利私欲に振り回されながら一生懸命働く訳です。なぜそういう行動をとるか描かれている訳です。もし自分がそのロボットだったら・・・と真剣に感情移入してね。アトムを読んでいると嫌だと思う人でもそれなりに理由があるかもしれないと想像してみることを教わりました。悪いロボットもアトムにあってはじめて自分のしていた事に気がつき悩むんですね。正義と信じていた事が実は悪い事だった。他者の存在があって自分の事が解るんです。アトムからは色々な事を教わりました。
 
中学2年生の時の進路指導で受験する高校を決めるという事は、どの大学に入りたくて将来何になりたいかという事なんですよね。私は融通が利かないので、その時、将来何になりたいかと真剣に考えちゃったんです。
当時、とにかくマンガ家になる事は親に反対されましたけど、一番好きでやりがいを感じ、そのためなら犠牲になってもいいと思えるものはマンガだったんです。マンガ家になるなら森羅万象全てを知らなくてはいけない。でも時間がいくらあっても足りない。だから、歩いてすぐ近くの公立で共学(男の子の感じ方、考え方を知るため)で演劇部(マンガ家は孤独な作業のため集団でしかできないドラマ表現を経験するため)のある高校を選びました。高校生活はクラブ活動も一生懸命やって楽しんでいましたけど、新人賞に応募した作品が運良く高校2年になる春休みに1等賞をもらったので、通学しながらプロのマンガ家としてがんばっていました。でも3年生の時に、学校から働くのは校則違反だから学校か仕事か選ぶようにいわれ「じゃ、いいわ」と中退しちゃったんです。クラブ活動もちゃんとやりたかったけど、未練はありませんでしたね。将来への道を着々と歩んでいるわけですから。
 
手塚治虫先生の存在は、私だけでなくマンガ家志望の方なら誰でも少なからず影響を受けていると思うんです。我が国では手塚治虫という存在があったからこそ、マンガでありとあらゆるテーマ・ジャンルが描けるんだと後輩達は分かったわけです。私はマンガを通してアジア各国との交流活動もしていますが、よその国と比べるとジャンル分けできない程作家によって色んな表現がある事です。
そんな日本のマンガは力や経済力で押し付けたものではなく自然発生的に広まっていった文化なんです。日本のものは嫌という人たちでも知らないうちに日本のマンガに感動し、日本人の感性を理解してくれる。また自分達でも作品を描きはじめ人気作品も生まれる。日本の雑誌に載り、日本での成功は世界のトップクラスだと目標にする若い人が沢山いらっしゃる。私が高校生の頃はマンガは子供だけのものと思われていましたし、文化として認められるには200年位はかかると思っていましたので、このような広がりはすごく嬉しいですね。